温暖化を防ぐには? 世界を変えるには? 映画「不都合な真実」を観た感想

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この映画を見て、私が考えさせられた仮説は2つ、

「政治が変わらなければ、世界は変わらない。」・・・①

「世界を変える最も簡単な方法は、政治である。」・・・②

である。これから、この2つの仮説を立てた理由を述べていく。

映画の中でゴア氏は、様々なデータを用いて、温暖化に関する地球の現状を、私に説明してくれた。今までの人生で”温暖化”という言葉は何度も聞いていた。学校でも、その概要は教わっていたし、その知識を、私は自分の学力を示す道具として使い慣らしていた。

だが、そんな私が聞いても、いや、そんな私だからこそかもしれない。ゴア氏の説明は非常に新しく、鮮やかに感じることができた。彼の示す様々なデータは、科学的な裏付けをもって私に迫り、温暖化の、その加速度的な勢いと、現実的な恐怖を私に突きつけた。私だけではない。おそらくこのプレゼンを見れば、多くの人が衝撃を受けるだろう。もしかしたら、このプレゼンを直に聞いていた映画の中の聴衆は、私よりも戦慄したかもしれない。それほどの力が、このプレゼンにはあった。

しかし、世界は変わらない。彼がどれだけ、その鮮やかな力をふるい、目の前の人々の心を動かしても、温暖化は止められない。それはなぜか。

この世には”公式見解”という言葉がある。ある組織が、その組織全体として公式に発表する見解のことである。たとえ組織の中で、対立する意見があったとしても、公式に発表されてしまえば、その見解に従わざるを得ない。もし国が、「温暖化の事実は認められない。」とか「生活水準の向上を優先する。」と発表してしまえば、国民の行動を改めさせたところで、国を変えることはできない。さらに言えば、温暖化は世界規模の現象である。人口順に下から190の国を変えても、残りの3つの国が変わらない限り、温暖化は止められない。このような理由から、私は仮説①を立てた。

今まで私は、「世界を変えるのは技術」だと思っていた。しかしこの映画を見て、それは間違いかもしれないと思い始めた。もし、仮説①が正しいとすれば、技術だけで世界を変えるのは不可能、変えるべきは政治だ。しかし、温暖化のような世界規模の問題になれば、1つや2つ国の政治を変えたところで、解決させるのは難しい。どうすればいいのか。

発想を逆転させてみよう。「政治が変わらなければ、世界は変わらない。」が正しいとする。ならば、もし、政治さえ変えることができれば、他に何が、世界を変える邪魔をするだろうか。例えば、今、この瞬間から、地球上の全ての国が、温暖化の事実と、その影響を認め、具体的かつ効果的な温暖化対策を進めたとする。時間はかかるかもしれないが、まず間違いなく温暖化は解消するだろう。たとえ科学の恩恵を享受している全ての人々が反対したとしても、いつかは解消するだろう。このような理由から、私は仮説②を立てた。

もちろん、こんな簡単な話ではないことは分かっている。一瞬で全ての国の政治を変えられれば、苦労はないし、1つの国の政治を変えるのでさえ、歴史的な時間と、国家的な人手が要る。こんな仮説に意味なんてないと思うかもしれない。しかし、私の立てた2つの仮説には、実は重要な意味がある。それは「政治を変えることは、世界を変えることの必要十分条件である。」ということを示せることだ。手段を明確にすることは、目的達成のためには欠かせない。世界を変える手段を明確にするという点で、この仮説には非常に重要な意味がある。

最後になるが、この文で書いてきたことは、あくまで仮説に過ぎない。これからの私の人生の中で、より確かなものにしていきたい。

以上。



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